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甲府地方裁判所 昭和36年(わ)276号 判決 1964年4月30日

被告人 大森直光

明四五・三・九生

主文

被告人を懲役一〇月に処する。

一年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は昭和三二年六月から三六年六月まで、富士吉田市外二ヶ村恩賜県有財産保護組合長として同組合を統轄し、その事務を管理執行していたもので、右組合は恩賜県有林及び右組合所有林の保護管理を目的とした一部事務組合たるいわゆる特別地方公共団体であるが、同組合の管理下にある山林は富士山北ろくに存在し、戦後連合軍、引き続きアメリカ駐留軍が富士山北ろく演習場を使用し、演習場及びその周辺地域へは指定された日以外立入を禁止されたため、右組合にあつては、右山林の保護管理が殆んど不可能となり、また演習の飛弾で立木が毀損され多大の被害を受けたので、国に対しその損害の補償を要求していたが、被告人が組合長に就任するや、右補償要求のほか林道防火線、その他の防災工事の実施をも要求し、これを強力に押し進めることとし、同組合議会議員はその資料集取のための調査に協力することとなつた。ところが右調査は立入禁止日にも入山しなくては所期の目的を達成できないので、禁止日にも入山して調査を進めていたが、このことは表面に出すわけにいかず、一方議員が入山した場合の条例所定の手当は一日二〇〇円に過ぎず、入山許可日に入山したこととしてこれが手当を支給したのみでは僅少にすぎるので、入山手当としては支給せず、これに代えて報償金予算を増額支給していたところ、昭和三四年一二月、組合長、助役、収入役の俸給が同年四月に遡及して増額されることとなつたが、被告人は議員報酬については、条例改正によりこれを増額すれば恒久的なものとなり、将来の財源の見透しからすれば問題を残すことになるし、さりとて右調査に協力しているので報酬をそのままにすえ置いたのでは妥当を欠くことになると考え、ここに右組合の金銭出納事務を掌どり、現金保管の任にあつた、同組合収入役松井忠と共謀し、同組合の職員又は議員の旅費予算を流用して議員の労に報いる意味において、一時的その報酬を補う目的で、ほしいままに右収入役の業務上保管の右組合の公金中から、富士吉田市上吉田三五六番地右組合役場において、昭和三五年一月より同三六年三月まで、毎月二五日ごろ、一回に同組合議員桑原逸光外一四名に対し、一人六、〇〇〇円宛合計九万円支給し、一五回に合計一三五万〇、〇〇〇円を横領したものである。

(証拠の標目)(略)

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人らの主張の要旨は、判示組合の各種事業遂行のための調査等には、専門的知識経験を必要とするうえ、調査地域は不発弾の散在などで危機をともなうため、その要員を雇入れることは不可能の事情であつたので、組合議員がこれに当ることになつたもので、これは各議員が議員たる職務以外において働いたもので、これに対する報酬として旅費予算を判示のごとく流用支給したものであるから不法領得の意思はなく、横領罪は成立しないというにあるので、この点につき判断する。

正規の手続を経ないで、すなわち不正に予算を他の目的に流用した場合につき、横領罪が成立しないとする大審院及び高等裁判所の裁判例が多数あることは弁護人ら指摘のとおりであるが、これら裁判例も、予算を不正に流用した場合であれば常に横領罪を構成しないとしている趣旨とは解せられない、場合により横領罪が成立することがあり得ることは検察官及び弁護人指摘の昭和三〇年一一月九日言渡しの最高裁判所判決事例によつても明かである。しかしいづれの裁判例からするも、予算の不正流用の場合における横領罪成否の限界については、必ずしも明瞭とはいえない、この点につき、当裁判所としては、流用が真に本人の本来必要とされる経費に当てるためであるとみられる場合、横領罪は成立しないと解するを相当と考える。

本件も右組合の職員又は議員の旅費予算を不正に流用したものであること前判示のとおりであるが、前掲証拠によれば (1)組合議員らは前記組合の事業遂行のため調査に協力することに対し、報酬を受ける意思がなかつたこと、(2)同議員らの入山手当に代え報償金の予算を増額支給していたこと、(3)各議員に対し入山日数とか協力の程度に関係なく一律に各議員に毎月六、〇〇〇円宛支給していたことが明らかで、かかる事実からすれば、議員らの右協力がたとえ弁護人らのいうごとく、ある程度議員の職務を超えていた点があるとしても、右流用が右組合として、真に各議員に対し本来支給を必要とする経費に充当したものであると解することはできない、すなわち右組合が各議員に対し本来支給する必要がなかつたのに、被告人らは支給したものであるから、不法領得の意思がなかつたとする弁護人の主張は採用できない。

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法六五条一項六〇条二五三条に該当し、被告人には業務上占有者たる身分がないから同法六五条二項により同法二五二条一項の刑を科すべきところ、右は同法四五条前段の併合罪であるから同法四七条一〇条により併合加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役一〇月に処し、同法二五条により一年間右刑の執行を猶予し、訴訟費用については刑訴法一八一条を適用して全部被告人に負担させるものとする。

(裁判官 降矢艮)

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